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2011年7月18日月曜日

Still Crazy After All These Years(時の流れに)/Paul Simon  

 
 震災直後の4月に,フィービー・スノウ(Phoebe Snow)が夭折しました。中学生になって,Billboardのチャートをよく聞くようになったぼくが彼女の歌声に最初に触れたのは74年頃で(当時AMのラジオ関東でやっていた全米トップ40という湯川れい子さんの番組が唯一の情報源でした。),ポール・サイモンとのデュエット曲「Gone At Last」がきっかけでした。先月サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」について書かせてもらいましたが,今回は,この「Gone At Last」をB面の1曲目に据えたポール・サイモン75年の名盤「時の流れに」について書かせて
もらえればと思います。

 Still Crazy 〜は,グラミーの最優秀アルバム賞も獲った紹介の必要のないような天下の名盤ですし,ひょっとしたら,ぼく自身いままでに繰り返し聴いた回数の一番多いレコードかも知れません。しかし,何年経っても,何度聴いても色褪せませんね。フィービー・スノウの歌声の他にも,リチャード・ティーの跳ねたピアノプレイが忘れられない「Gone at Last」, 一度聴いたら,スティーブ・ガットのドラミングが耳について離れなくなる「恋人と別れる50の方法」( この曲,ジーラブ(G.Love)も新作でカバーしていました。),サイモン&ガーファンクルの再結成が話題になった「My Little Town」,トゥーツ・シールマンスのハーモニカが寂寥感を醸し出す「Night Game」,晩年のエバンスが好んで弾いていた「I Do It For Your Love」,いずれ劣らぬ名曲,名演が目白押しです。しかし,やはり,白眉は1曲目のタイトルナンバーですね。

 ボブ・ジェイムスの美しく揺れるエレピに乗せて,「Still Crazy After These Years」(時の流れに)は,こんな風に始まります。

 I met my old lover
 On the street last night
 She seemed so glad to see me
 I just smiled
 And we talked about some old times
 And we drank ourselves some beers
 Still crazy after all these years
 Oh, still crazy after all these years

 さすがに,名曲中の名曲だけあって,ちょっとネットで検索しても,多くの訳詞,そして,個人的な解釈がでてきますね。昨日の夜,街で偶然昔の恋人に会って,ビールを飲みながら,久しぶりに昔を語り合ったというウディ・アレンの映画のようなジャケットさながらのニューヨーカーな生活が浮かび上がる描写が秀逸です。そして,歌詞は「ぼくはまだ何か狂っている。」という台詞で締められます。

 ポール・サイモンという人は,アイ・アム・ア・ロックや,サウンド・オブ・サイレンスのように自閉症をそのまま唄にしたような楽曲でデビューし,その若い時にもっていた石のつぶてのような心を少しずつ解き放っていって,ついには,「明日に架ける橋」のような博愛的な心情に辿り着いて,サイモン&ガーファンクルを解散します。こんな悟りの境地のような心情になっては,その次に来るものがないのではないかしらと思ってしまうのですが,続くソロ活動を通じて,音のクオリティを高め,フィル・ラモーンのプロデュースになるソロ4作目のこのアルバムでは極限にまで洗練された都会的な音楽に到達しています。

 でも,まるで熟れすぎた果実のように,後は朽ちていくだけじゃないかと思える程に成熟した音世界を背景に,ポールは,ここで,「ぼくはまだ何か狂っている。」と悟りきれない心情を綴っているのです。ぼくには,ここに登場する昔の恋人は,人生に不可避な解決のつかない問題や出来事の象徴,もっと云ってしまえば,煩悩のようなものに写りますし,このStill Crazy という言葉に,三四郎に出てくるストレイシープ(迷える仔羊)というキーワードを宛てたい程ですが(ネットに見るこの歌の歌詞を分析している人の多くが,あくまで,この歌を昔の恋人との間の恋愛話の範囲内でだけ捉えているのは,三四郎に対して,同様の見方が多いのと同じく表面的でまったく不可解ですね。),ただ,ここでは,三四郎のように未だ若い子羊が途に迷っているのではありません。After All These Years 様々な人生経験を経て,それでもなお Still Crazy なところが,同じように人生の海の波風に翻弄され,流されてきた多くの聞き手の共感を呼ぶ要点じゃないかしらと思えます。

 Four in the morning
 Crapped out, yawning
 Longing my life away
 I'll never worry
 Why should I?
 It's all gonna fade

 朝の4時に,長すぎる自分の人生を一瞬呪った後,> ここの半音階的で不安定な進行は見事ですね。間奏で入ってくるマイケル・ブレッカーのサックスのソロ,そのブロウの喩えようのないこくと色艶,そのうえ,知性を滲ませる醒めた空気感は,名演奏しか残さなかった彼のキャリアの中でも最高のプレイのひとつであることは疑いがないですね。

 Now I sit by my window
 And I watch the cars
 I fear I'll do some damage
 One fine day 
 But I would not be convicted
 By a jury of my peers
 Still crazy after all these years
 Oh, still crazy
 Still crazy
 Still crazy after all these years

 自分が過ちを犯しても,自分のことを理解してくれる陪審員にしか裁かれたくはないという3番の歌詞は,一層共感できる箇所です。人間という愚かな存在は,繰り返し罪を,それも,図らずも犯し続けてきていますから,そんな罪の意識も持たずに先に進めないことは間違えのないことだと思います。

 折しも, 同じフィル・ラモーンのプロデュースで, ポール・サイモンの新作がリリースされました。So Beautiful Or So What です(なんて美しい,でも,だから,それがどうしたの,とでも訳すのでしょうか。)。ポー
ル・サイモンは,ボブ・ディラン(Bob Dylan)と同じ歳で今年70歳だそうですが,とにかく音が新しいので驚きます。Still Crazyなポールは,さらに,その先に向かって,歩いていることが音で実感できます(ライナーノーツをコステロ(Elvis Costello)が書いていますが,新作の余りの素晴らしさに興奮し過ぎていて,ポールのリズムギターが素晴らしいという箇所以外は,何がなんだかよく分からないようなコメントになってますね。)。

 2011年(平成23年)7月18日 月曜日

 
 
 

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